プロフィール

大山たかおプロフィール

政治歴

H29年9月 那覇市議会議員選挙初当選
・厚生経済常任委員会
・都市計画審議会

家族構成

妻(読谷村出身 読谷高校卒)
長男(平成27年11月生)
次男(平成29年9月生)

経歴

昭和55年12月20日 自衛隊那覇病院で生まれる
平成5年 福岡県築上町立築城小学校卒業
平成8年 福岡県築上町立築城中学校卒業
平成11年 福岡県立豊津高等学校卒業

航空自衛官として

H11 航空自衛隊入隊(航空学生55期)
H11 山口県 防府北基地(第12飛行教育団)
H13 静岡県 静浜基地 第2飛行教育隊(T-3)
H13 福岡県 芦屋基地 第2飛行教育隊(T-4)
H14 鳥取県 美保基地 第41教育飛行隊(T-4)
H15 愛知県 小牧基地 救難教育隊(UH-60)
H15 宮城県 松島基地 松島救難隊(UH-60)
H20 沖縄県 那覇基地 那覇救難隊(UH-60)
H23 福岡県 春日基地 春日ヘリコプター空輸隊(CH-47J)
H27 沖縄県 那覇基地 那覇ヘリコプター空輸隊(CH-47J)
H29年3月 航空自衛隊退官(1等空尉)
H30年9月 予備自衛官 予備1等空尉 任官

その他

救難・空輸ヘリコプターパイロット

教官・整備試験飛行操縦士(テストパイロット)・編隊長・機長

沖縄勤務時期における災害派遣等実績

平成22年2月 沖縄本島近海地震に伴う上空からの地震偵察
平成22年11月 波照間島南175マイル洋上における貨物船員の捜索救助
平成22年11月 沖縄本島南180マイル洋上におけるマグロ漁船第21得豊丸乗員の緊急患者空輸
平成22年12月 沖縄本島360マイル洋上における貨物船員の負傷者緊急空輸
平成23年3月 東日本大震災
平成28年4月 熊本地震

私が政治家を目指した理由

私の父は、航空自衛隊の戦闘機のパイロットでした。

父が那覇基地勤務中に私は、自衛隊那覇病院で生まれました。

私の父は、不幸にも飛行訓練中に殉職しました。

父が殉職した後は、母の実家である福岡に帰り、小学校から高校まで過ごしました。

女手一つで母は私を育ててくれましたが、私は途中でグレたり不登校になったりとしていました。

高校3年生の時、自衛隊の地方協力本部の方が自宅を訪れました。

「自衛隊に入隊しないか」という誘いを受け、色々と相談しているうちに「父のような戦闘機パイロットになりたい」という想いを抱きました。

自衛隊の航空学生を受験し、自衛隊のパイロットの卵として入隊。

確かに航空学生の2年間は、非常に厳しいものでありましたが、「やる気・元気・負けん気」の気持ちで乗り越えたことは、私の精神的基盤になり仲間との絆が生まれたと思っています。

パイロット学生をやっているうちに、父のような脱出したパイロットを救いたいと救難ヘリを希望

救難ヘリパイロットとして、宮城県松島基地、沖縄県那覇基地勤務、空輸ヘリコプターパイロットとして福岡県春日基地、沖縄県那覇基地で勤務をし、日夜、国民・県民・市民のため訓練と任務に邁進してきました。

18年間も続けてやってきた安定した職業である自衛隊のヘリコプターパイロットの地位を捨てて政治の道へ進んだのか?

それは東日本大震災がきっかけです。

私は、宮城県での勤務もあったため、被災前と被災後の姿を知っている私だけに、地震と津波の恐ろしさと恐怖は、テレビ以上のものを現場で見ました。

沖縄県・那覇市はどうでしょうか?

ご存知のように沖縄県も過去に大きな地震が発生しています。

本当に今ままでいいのか未来ある那覇市を作らなければならないのではないか?

そう思い政治の道で頑張ろうと思いました。

元自衛官として「防災」で一人でも多くの人が助かるように!
1歳児をもつ父親として「子供への環境」そして未来ある日本を作る子供達が夢が持てるように!
さらに、シングルマザーの家庭の子供の受け皿を!

私の実体験を基盤にして、那覇市が更なる飛躍をするように市民のみなさんと共に頑張っていきます。

那覇市市議会議員 大山たかお

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