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政治活動 自衛隊 航空機関連

日本国民を守る「防人」 〜自衛官の使命〜

更新日:

 

自衛官の殉職に思う

現在、日本を取り巻く環境は激変し、日々緊迫した時間を「自衛官」をはじめ「海上保安庁」「警察」「消防」等の職員については、本当に頭の下がる思いであります。

その能力については、「装備品」「運用者能力」を掛け合わせることで、能力発揮をし日本を外的・内的に守っていただいていると思っています。

その厳しい環境下で訓練をされていた自衛官の方が殉職されてしまったので、自衛官パイロットの経験から自衛隊時代の心意気(今でも、同じ気持ちで職務を遂行しています)を書いてみようと思います。

草津白根山の本白根山噴火

部下かばい…背中に噴石 亡くなった陸自隊員の伊沢隆行さん 知人ら「情熱に溢れた人」「自衛官として立派」

噴火で亡くなった陸上自衛隊第12旅団第12ヘリコプター隊の伊沢隆行さんは、部下の隊員をかばって上に覆いかぶさった際に噴石の直撃を受けていたことが25日、関係者への取材で分かった。防衛省が伊沢さんの氏名を公表した25日、関係者からは改めてその死を悼む声が上がった。

陸自によると、伊沢さんは23日午前、スキーの上級者グループの一員として、重軽傷を負った他の隊員7人とともに草津国際スキー場で行われた訓練に参加。山頂付近から滑り始めて数分後に噴火が発生し、コース脇の雑木林に避難したが、そこにも噴石が降り続いたという。

伊沢さんは噴石から部下の隊員をかばおうと上に覆いかぶさったところ、背中に噴石が直撃した。その後、軽傷の2人が全員の意識があることを確認し、麓にいた隊員に報告。伊沢さんは搬送中に心肺停止状態になり、病院で死亡が確認された。

「どうか嘘であってくれと願ったが…。自衛官として職務を全うした彼は立派だと思う。素晴らしい方だった」。こう語るのは、平成25年7月から約5カ月間、仙台市で伊沢さんに整体を教えた今昭宏さん(61)。「青森から車で通学していて、非常に勉強熱心で真面目な生徒だった」と振り返る。

友人らによると、伊沢さんは専門学校卒業後、陸自に入隊、20年以上勤めたが、約5年前にいったん退官して整体を学び、3年前には青森県三沢市で整体院を開いていたという。自衛隊に再入隊したのは昨年のことだった。

整体の勉強を通じて伊沢さんと知り合ったという群馬県安中市の整体師、河村哲也さん(36)は「いつもニコニコしていて、笑顔の絶えない人。場の雰囲気を和ませてくれる存在だった」と評する。

人生の目標を問われると、「世界中の人を笑顔にすること」と語り、目を輝かせていた伊沢さん。河村さんは「何事にも熱心で、情熱にあふれていた。尊敬していたのに、こんなことになって今はただ驚いている」と肩を落とした。

友人らによると、伊沢さんは近く自衛隊を離れる予定だったとみられる。本人のインスタグラムには、訓練の直前、「自衛官生活も残り少ないので日々が愛おしいです。からだをリセットして来週からの訓練に臨みたいと思います」と書き込まれていた。

伊沢さんが所属する陸自12ヘリ隊の隊長、桑畑英紀1等陸佐は「訓練中の事故により、かけがえのない隊員を失ったことは痛恨の極み」とコメントした。(飯嶋彩希、上田直輝)

産経ニュース

噴火犠牲隊員に最後の別れ 陸自駐屯地で部隊葬儀

スキー訓練中に草津白根山の噴火で死亡した陸上自衛隊第12旅団第12ヘリコプター隊所属の伊沢隆行陸曹長(49)=3等陸尉に特別昇任=の部隊葬儀が26日、所属する相馬原駐屯地(群馬県榛東村)で営まれ、隊員らが突然の死を悼んだ。

参列した草津町の黒岩信忠町長は「立派な方だった。人の命の重さを痛感した」と声を詰まらせた。寒空の下、敬礼する多くの隊員に見守られて出棺した。

伊沢さんら隊員8人は23日、草津町の草津国際スキー場で訓練中に本白根山の噴火に遭遇。伊沢さんは背中に噴石が当たり出血性ショックで死亡、他の7人も重軽傷を負った。

産経フォト

とても悲しい事故が起きてしまいました。

故・伊沢隆行3尉のご冥福をお祈りするとともに、ご家族および関係者の方々にお悔やみ申し上げます。

自衛官の殉職

ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、私の父は航空自衛隊のパイロットで殉職をしています。

しかしながら、私が自衛隊那覇病院で生まれ、その後9ヶ月でこの世を去った父を当時の辛さと言うものは覚えておりません。

今年度実施された「平成29年度自衛隊殉職隊員追悼式」の情報によりますと

1 顕彰者数累計(警察予備隊以降、平成29年度追悼式まで)

1,934柱(陸自 1048柱、海自 440柱、空自 419柱、その他 27柱)

2 歴代総理大臣の出席状況

(1) 昭和32年9月30日  岸総理
(2) 昭和37年5月26日  池田総理
(3) 昭和63年10月29日 竹下総理
(4) 平成7年10月28日  村山総理
(5) 平成8年10月26日  橋本総理
(6) 平成9年10月25日  橋本総理
(7) 平成10年10月31日 小渕総理
(8) 平成11年10月30日 小渕総理
(9) 平成12年10月28日 森総理
(10)平成13年10月27日 小泉総理
(11)平成14年10月19日 小泉総理
(12)平成15年10月25日 小泉総理
(13)平成16年11月6日  小泉総理
(14)平成17年10月29日 小泉総理
(15)平成18年10月28日 安倍総理
(16)平成19年10月27日 福田総理
(17)平成20年10月18日 麻生総理
(18)平成21年10月24日 平野官房長官(鳩山総理代理
(19)平成22年10月23日 菅総理
(20)平成23年10月15日 野田総理
(21)平成24年10月13日 野田総理
(22)平成25年10月26日 安倍総理
(23)平成26年10月25日 安倍総理
(24)平成27年10月16日 安倍総理
(25)平成28年10月22日 安倍総理

参考:防衛省HP

となっております。

この中に入っていない隊員ですが

空自ヘリ墜落、短時間にトラブルか 5分前の交信内容に異常なし

航空自衛隊浜松基地(浜松市)のUH60J救難ヘリコプターが基地沖合に墜落した事故で、乗員4人の捜索に当たっている空自や海上自衛隊は18日、乗員のヘルメットや靴などを発見した。空自によると、当日の飛行前点検や消息を絶つ5分前の交信内容に異常はなく、短時間に何らかのトラブルが起きたとみられる。

空自によると、ヘリは17日午後5時51分に浜松基地を離陸。同57分、空自の管制機関と通常のやりとりをしたのが最後の交信となり、緊急事態が起きたことを知らせることがないまま同6時2分、浜松基地の南約30キロの海上でレーダーから消えた。ヘリは平成27年10月に空自に配備。今年8月末の定期点検でも異常は見つからなかった。

小野寺五典防衛相は18日、空自百里基地でのF4戦闘機の出火も踏まえ、「国民に大変心配をおかけしている。再発防止に努力していきたい」と語った。

また、空自は同日、すでに発表していた機長の花房明寛3等空佐(42)以外の3人の氏名を、操縦士の杉本英昭3等空佐(46)▽機上整備員の吉田貴信2等空曹(40)▽救難員の井上雅文3等空曹(32)-と発表した。

産経ニュース

空自ヘリ捜索終了 静岡・浜松沖、原因調査

航空自衛隊は、浜松基地(静岡県浜松市)の南沖約30キロ付近で墜落したUH60J救難ヘリコプターの捜索を13日午後で打ち切った。同事故では乗員4人が行方不明となり、これまでに3人の遺体が収容されている。

事故は夜間捜索訓練のため浜松基地を離陸したヘリが約10分後に墜落したもので、10月17日に発生。空自は11月26日に海底から機体の一部を引き揚げ、フライトレコーダー(飛行記録装置)を回収するなどして、事故原因を調べている。

産経ニュース

特にUH-60Jは私が登場していた機種でもありますし、乗員についてもよく知っている先輩もいますので、いまだに信じられません。

先輩に伺ったパイロットと結婚する時の3つの約束

とある先輩が結婚するときに3つの約束をしたそうです。

  1. 群司令、隊長が制服を来て家に訪ねて来たときは、万が一のときだと思え
  2. 初めの挨拶は「主人がご迷惑をおかけしてすみません」
  3. 絶対に「自衛隊が殺した」なんていうな
  4. 死体は絶対に見るな

自衛隊のパイロットとして好きな(空を飛ぶこと)ことを許され、当然ながら激務もあるが人としては幸せだ。だって夢を叶えられる人なんて、そんなに多くないんだよ。

理由はどうであれ、パイロットとして航空機(装備品)を壊すことは、まかりならん。国民の血税で購入した数少ない装備品を損傷させた責任はあるから。パイロットとして、責任者として飛行するんだ。

もちろん命令書に基づいて飛行する訳だが、それは「自衛隊」が殺したことにはならない。

あと、墜落するとあまり見せられない綺麗な身体ということは少ない。これは、貴方の記憶の名では、俺もカッコイイままでいたいからね

隊員の使命

自衛隊法

(服務の本旨)
第五十二条  隊員は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、強い責任感をもつて専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努め、もつて国民の負託にこたえることを期するものとする。

(服務の宣誓)
第五十三条  隊員は、防衛省令で定めるところにより、服務の宣誓をしなければならない。

とあり、自衛官の方であれば「服務の宣誓」をして入隊をいたします。

事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努め、もつて国民の負託にこたえることを期するものとする。

このことは「決死隊となって突き進め」と言うことではありません。

特に私はパイロットでありましたので、教官から教育の中で様々なことを学びました。

その教育については

  • 必ず死ぬな生き残れ!
  • 最後まで諦めるな!
  • お前の代わりは、お前しかいない!
  • いつ何時、何があってもいいように、整理整頓はしろ!
  • 必ず生き残れ!

それでは、人のふんどしで相撲をとるようで申し訳ございませんが、下の画像をクリックして行橋市議会議員 小坪先輩のブログをみてください。

自衛隊において学んだ死生観

死生観と言うと、哲学的なことのような宗教的なような感じもしますが、私がお伝えしたいことはそうではありません。

私の死生観については「日本国を愛し、守り、次の世代に繋げて行くこと」でありました。

なぜよう思ったこといいますとそれは自衛隊において受けた研修です。

「過去に学び次の世代に活かす。」

自衛隊という組織の中で(プライベートも含む)、その場面に多く触れることができたからです。

  1. 江田島 教育参考館 (第1術科学校
  2. 山口県 回天記念館
  3. 鹿児島県 知覧特攻平和会館
  4. 靖国神社 遊就館

これ以外にも、様々な施設に足を伸ばしたり、旧日本軍のパイロットの方などからも多く話を聞くことができました。

このような研修館などに行ったことがない方からは「戦争を讃えているものだ!」「戦争をしたいのか!?」と言われたりもしました。

決してそうではありません。自衛官ほど戦争をしたくない者はおりません。

なぜならば、もし有事になって戦地に赴けば、全てのものが無傷ということは難しいでしょう。そう考えるのが当然です。

このような施設に行かれた方はお分かりだと思いますが、英霊となられた方々の

「何を守りたくて命をかけたのか」
「何をしなければならないと感じ、どう行動したのか」

それを学びに行くのです。それらを学び万が一の事態に対し気持ちをもつ!心を鍛えることができました。

日本の未来のために、平和と安全のために、万が一の事態に備えて。

これが「自衛官の気持ち」です。

自衛官は反対されようとも、抗議活動をされようとも「それら反対をしている人を含めて」助けるために守るために自衛官は日々鍛錬をしています。どうか、自衛官の思いを理解してもらい応援よろしくお願いします。

そして今回の事故を含め、日本のために志半ばで殉職された「自衛官」をはじめ「警察官」消防官」「海上保安庁」職員の方々のご冥福をお祈りするとともに、命をかけてまでお守りいただいた日本を守っていくことをお誓い申し上げます。


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